引き続き、未来予測系。(2026~2030年)part.2
さてさて、さっそくですが part.2 です。
☞ part.1 はこちら
☞ 7月に起こり得るダークな出来事2つについて
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(H=このチャンネルのホスト、EA=エリザベス・エイプリル)
🐧南極大陸はジャングルだった!?
H: 「ヤンガードリアス期」※(約1万2900年前〜約1万1700年前に起きたとされる、地球規模の急激な寒冷化時代のこと)についてご存知ですか?
およそ1万年から1万2千年前に起きたとされる大惨事のことで、その時期に多くの古代文明、たとえばアトランティスのような都市が壊滅してしまった可能性があるという話です。あなたの認識や体験から見て、当時何かが起きていたのでしょうか?
以前、この分野に詳しいランドール・カールソンをゲストに招いたことがあって、彼はその話をしてくれたんですが、かつて存在していた古代文明が、ある時点で何らかの形で覆い隠されてしまったのではないかという示唆があるように思えます。これについて、あなたはどう思いますか?
EA: そうですね。いくつかお話しできることがあります。ただ、私が見てきたものについてお話しする前に言っておきたいのですが、私はその「ヤンガードリアス期」という名称すら知りませんでした。
物事に対するラベルや名前というのを、私はほとんど持っていないんです。ただ、見えるものを見ているだけなんです。
それを踏まえた上で言うと、私が見てきたところによれば、地球にはおよそ7回の「イテレーション(繰り返し)」があったと思っています。どういうことかというと、私たちはこれまでに約6回の巨大な地球規模の大惨事を経験してきた、ということです。
つまり私たちは今、7回目のいわば「文明の繰り返し」の上にいるということです。
ある時は大洪水、ある時は氷河期、ある時は隕石の衝突、ある時は巨大なスーパーボルケーノ(超巨大火山)といった形で、それぞれ異なる出来事が起き、その都度文明が壊滅してきたのです。
それと関係した興味深いことが一つあって、実は先週、私はリモートビューイングで南極大陸に再び戻ってみたんです。「氷の壁」を探していたんですが、そこで以前にも見たことのあるものに偶然出くわしました。南極大陸にある巨大な穴です。そしてその穴を見ていたとき、南極大陸がかつてどんな姿だったかという記憶のフラッシュバックのようなものが来たんです。
私が見てきたところによれば、南極大陸はかつて生い茂ったジャングルだったのです。しかもただのジャングルではなく、信じられないほど活発な文明が栄えていた場所でした。
そこにはピラミッドがあり、巨大な構造物があって、それらはすべて今は氷の下に埋まっています。さらに南極大陸には、おそらく地底世界(インナーアース)への入り口の中で最も大きなものと思われる、巨大な穴が存在しています。
そして興味深いことに、この地底世界の文明へと下りていくと、見た目の異なるさまざまな種類の人間たちが見え、さらにはまったく異なる姿をした多くの地球外生命体たちも存在しているんです。しかし特に目を引くのは、非常に古代的な見た目をした人間たちです。
その歴史を紐解いていくと、たとえば植民地化の時代のことや、マヤ文明のことが見えてきます。マヤの巫者(シャーマン)たちは、地球外生命体からか、あるいは単なる直感からかはともかくとして、近いうちに本当に恐ろしいことが起こる、だから皆地下に避難しなければならないと告げられていたのです。
つまり、地球のこうした「繰り返し」と巨大な大惨事が起きるたびに、すべてではないけれど、一部の文明は地下へと呼ばれ、そこへ避難することで自分たちを守ってきました。
だから私が地底世界に行くと、古代マヤの人々のような見た目をした人々がそこで暮らしているのが見えます。彼らは大惨事が起こる前に、地下へ下りるよう呼ばれたのです。まあ、これが私の見てきたものです。もちろん、完全にクレイジーな話に聞こえるでしょうが、いつも通り、信じるも信じないも、あなた次第です。
H: 地底世界の人々がある日地上に現れて、同時に地球外生命体も降りてきたとしたら…それはとんでもない日になるでしょうね。「さあ、どうする」ってなりますよね。
EA: そうですよね。まさにそういうことになると思います。今、皆さんは空にばかり注目していますが、実はずっとここにいた古代の文明が、ある日突然自分たちの存在を明らかにする、なんていうことが起きたらどうなるでしょうね…。でも、これは十分あり得る話だと思います。
🌠3I/ATLASについて
H: 本当に興味深いですね。ところで、3I/ATLAS(2025年に発見された恒星間天体=太陽系の外から飛来してきた天体のこと)については何かありますか?
EA: うーん、そこはしばらくリモートビューイングしてないんですが……
H: いや、それは飛ばしても大丈夫ですよ、もし……
EA: ええ、飛ばしましょう。でもまあ、最終的に言えることとしては、あれは単なる宇宙の岩ではなかったということは間違いありません。私が見たのは、別の銀河から、あるいはブラックホールから、もしかすると別の宇宙からやって来た、非常に高度に発達した宇宙船でした。
彼らはただ通りすがりに地球を観察していただけです。皆さん「大変だ、世界の終わりだ」とか「侵略に来た」とか言ってますが、そういうわけではなく、「いや、私たちはそのためにここに来たわけではありません。ただ興味があって、通りながらいくつかの観察をするためにやって来ただけです。それだけです」というものでした。
🌄覚醒するための「3つ」のこと
H: もしある人が、いわゆる「自分自身の中で目覚める」とか、より広がっていくとか、より深い安らぎや恵みの境地に至るとか、いわゆる「キリスト意識」のような場所に至ることを望んでいるとしたら、どうでしょうか。
ちなみに私は特定の宗教に縛られた人間ではありません。「キリスト意識」と言う時、私はただ、思いやり、愛、許し、そして恵みという意味でそれを使っています。それが、ある意味私の宗教だと思っています。そして「宗教(religion)」という言葉の意味は、「繋がること」あるいは「思い出すこと」です。だから、自分が何者であるかという真実を思い出すこと。自分自身の繋がり、つまり断絶など存在しないのだという繋がりを思い出すことなんです。
もしある人が、いわゆる「目覚め」を加速させ、より深い安らぎ、恵み、静けさ、受容、愛、許し、そして究極的には自分自身の内なる強さへと至る道を歩みたいと望んでいるとしたら、あなたはその人をどのように導きますか? そのためのヒントや指針として、どんなことを伝えますか?
EA: はい、三つあります(笑)。これについては一日中でも話せますよ。では行きましょう。
まず一つ目は、一番簡単なものです。それは「感謝」です。
信じてもらえないかもしれませんが、私自身、ひどい最低賃金の仕事をしながら、ただやり過ごすだけで、請求書も払えない、近所の人には始終怒鳴られる、最悪の有害な人間関係の中にいる、そういった時期が人生の中にありました。どんな状況を挙げても、私は人生のどん底、奈落の底を経験してきています。それでも私には「生きていることに感謝できる」という視点がずっとありました。
もし自分の人生に感謝できるものが他に何もないとしても、ただ歩けていて、生きていて、息をしているということに感謝してください。本当に基本的なことの中にも、たくさん感謝できることがあります。
たとえば、今これを聴いている人たちは、インターネットにアクセスできているということです。それだけでも感謝することができます。蛇口をひねれば清潔な水が出てくる、そこにはフッ素が含まれていて飲みたくはないかもしれませんが、世界の30%の人々はそれすら手にできていません。
時には、感謝を見つけるために、ごく基本的なところまで立ち返る必要があるのです。
仕事が嫌いかもしれないけれど、それでも給料はもらえているでしょう? 自分の人生の中で感謝できるものを見つけてください。
犬の散歩をしていて、咲き誇る花の横を通ったとき、少し立ち止まって、その美しさを受け取ってください。私はずっとそういう人間でした。
そして、そういった小さな物事への感謝の気持ちというものが私に、ネガティブな思考に囚われている人よりも常により多くのチャンスと豊かさをもたらしてくれたのだと、私は心底信じています。今自分が何を持っていて、何を持っていないかに関わらず、そのすべてに感謝できるのです。感謝というのはとても大きなものです。感謝は常にあなたの周波数を高めてくれます。できる限り小さなことの中に感謝を見つけてください。
残りの二つは少し難しいのですが…同じくらい、いやそれ以上に重要なことです。
二つ目は、「責任」です。
誰も自分の人生に責任を取ろうとしないように見えます。義理の両親のせい、上司のせい、政府のせい、トランプのせい、経済システムのせい、インフレのせい、天気のせい、自分以外のすべてのものが原因だということになっている…。
自分の勝利を数えて、「そう、あれは私がやった。あのメダルを取ったのは私だ。あのレースを走ったのは私だ。あの子供を産んだのは私だ」などと言うのは簡単です。人生の良い部分については、それを評価して責任を取るのは簡単なことです。でも、他のすべてのことについても責任を取ってください。それができた瞬間、あなたは人生の「助手席」から「運転席」へと、突然すぐに切り替わるのです。
今の仕事が嫌いで、上司のせいでそこから抜け出せないとずっと人のせいにし続けていたとします。そしてある日、ふと目が覚めて「そうだ、これは私が作り出したものだ。今の仕事が好きじゃない。じゃあ、私に何ができる?これを自分で作ったのだから、自分で作り直すことができる。私がやったのだから、何だってできる」と気づくのです。
そして、良くない物事に対してもそうした責任を取ることで、やがてはその良くない物事に対する責任を、感謝へと変えることさえできるようになっていきます。なぜなら人生はスペクトラム(連続体)だからです。すべてから学び、すべてから立ち上がってください。それには長い時間がかかります。でも、責任を取ることが鍵なのです。それができるようになると、あなたはすべてに責任を取っているわけですから、自分の現実を作り出す者へと変わり始めます。そうすれば、次に何をするかを、意識的に選択できるようになるのです。
さて、最後の三つ目です。本当に人生の中で最も高い周波数、最も高いタイムラインへのアクセスを得たいなら、これもまた少し分かりにくいかもしれませんが、同じくらい重要なこととは、「変化を受け入れる意志」です。
たぶん今から5年ほど前のことになりますが、私は夜中の3時に目が覚めました。そしてその時、こんな考えが頭に浮かんだのです。
「人々が第五次元(5D)に到達するために必要なものは、ただ一つ、変化だ。変化しようとする意志だ」と。
すべてを変えてください。人生全体を変えてください。
何かへの執着は、あなたをその場に縛り付けます。同じルーティン(日課)の中に縛り付け、同じタイムラインの中に縛り付け、第三次元(3D)の中に縛り付けてしまいます。
最終的には、仕事を変えたり、住む場所を変えたり、人間関係を変えたりして、すべてをずっと健全なものにしていくことができます。
でも私がここで言っているのは、「今この瞬間を変える」ことです。
仕事への行き方を、いつもと違う道で行ってみる。朝はコーヒーの代わりにお茶を選んでみる。一日の中でランダムにジャンピングジャックを5回やってみる。私なんて、机の上にある何かを見つけて、それを部屋の向こうに投げたりすることもあります。ただ変化を起こすため、別のタイムラインに飛び移るためだけに。
なぜなら、どんなに小さな選択であっても、いつもと違う選択をした瞬間、あなたは代替タイムラインへと飛び移るからです。そしてそれをすることで、神経経路(ニューロパスウェイ)の再プログラミングも同時に行われます。
脳がどう対処すればいいか分からないことをすることで、脳の中に新しい繋がりが生まれ、知覚や現実の異なる部分を活用するようになる。これはタイムラインを切り替えることに対して、非常に大きな意味を持っています。
だから、ほんの小さなことから変えていってください。それが、人生のより大きなことを変えるための柔軟性と自信を育ててくれます。
🦅スピリチュアルな解放とは
H: つい2〜3時間前のことなのですが、私はここマイアミにいて、ある男性を見かけて、思わず足を止めて観察してしまいました。その男性は店のウィンドウに映る自分の姿に話しかけていて、まじめに対話をしていたんです。それが不思議と、ある意味で感動的でもあって、「ああ、私も日頃からとんでもない考えを頭の中に抱えながら歩き回ってるよな」と思いました。ただ私には、精神的・感情的な整理整頓の仕組みがあるので、自分をこの「容れ物」の中に収めておくことができているというだけの話で。
でも結局、私の人生の多くの場面で、本当の自分を世界に見せることへの恐れが、私の大部分を占めてきました。もし人々が自分の影の部分、あるいは受け入れてもらえないと思い込んでいる考えや感情を見たとしたら、という恐れ。この世界に受け入れてもらうことへの恐れや執着があって、まるで世界の中の囚人のように生きてきた部分があります。本当の自分を完全にさらけ出せずに。だから、評判を失うことも厭わない人、「どうせ私のことが好きじゃないんでしょ?これが私自身だけど文句ある?」と言える人には、実はとてつもない力があると思うんです。それはある意味で、「マーヤ(幻想)」を打ち破ること、あるいは幻想を打ち砕くことにもなり得るのではないかと。普通はそうじゃないですか。そして「この容れ物に収まろうとすることにもうくたびれた。愛してもらうために自分を演じるのはもうたくさんだ」というところまで到達することには、非常に解放的な何かがあると思っています。
EA: ええ、よく分かります。全くその通りで、それは解放的なことだと思います。私自身もとてもよく似ているから面白いです。
私はずっと、内面的にとても「普通とは違う」人間だったのですが、外面的には「見た目はどこにでもいる普通の人間だ」と言って自分で笑ってるくらいです。
つまり、型にはまることもできるし、いわゆる「普通」に見せることもできる。
見た目はとても普通に見えるし、振る舞いもとても普通に見えます。でも私は普通じゃない。
だから私は、見た目が型にはまって普通に見えている限り、別のところでは思う存分「エイリアン並みにぶっ飛んだ」ことを言っても大丈夫、という感覚があるんです。
バランスが取れているから、たとえ人々が私のことを完全に理解してくれなくても、ある部分では受け入れてもらえるという感覚です。
私自身も、一生を通じて「型にはまること」に苦しんできました。そして気づいたのは、実はその型の外側にいることこそが、人々の意識を変え、彼ら自身の内なる強さを与えてくれるものだということです。声を上げ、外から見て「変わっている」「おかしい」と思われることをそのままに、それを堂々と自分のものとして生きていく力を。
ある意味、面の皮が厚いことも必要です。なぜなら、人々はあなたを批判するからです。
私はこれまでに「頭がおかしい」とか「統合失調症だ」とか「薬が必要だ」と言われた回数は、数えきれないほどあります。でも、それは私には響きません。なぜなら私は、自分が精神的に非常に安定した状態にあることをわかっているし、ただ多くのものが見えて、見えたものを元にたくさんのことを信じ、その情報を伝えるというだけで、社会にしっかりと根付いて参加している一員だということがわかっているからです。
こうした内なる自己チェックを持つことも大切ですし、自分自身の肌の中で自由に感じることも大切です。そして時にはそのウィンドウに話しかけていた人男性のように、ありのままを言えることも大切だと思います。
私はほとんどの場合そういう人間ですし、人々がそれをどう受け取るかをあまり気にせずに、ありのままを言います。それを受け入れるかどうかは、私が決めることではないのですから。
■part.3へ続く。





