ループ脱出大作戦。(自分が誰なのかを思い出せなかった場合の結末とは?)
年末年始の大連休も終わり、2026年がいよいよはじまった感がありますね。とはいえ、実際は春分の日(3/20)までは2025年だという説もあるので微妙ではありますが。
お正月のフィースト太りが気になる人は、16時間断食(基本一日2食で、その日に最後にとる食事の後から翌日の一食めまで、16時間何も食べないプチ断食。水やカロリーのないお茶系はとってもOK)を一週間ほど試してみるのがおすすめです。私は去年の10~11月頃にためしに一ヶ月ほどやってみたのですが、なかなかグッドでした。
ちなみに16時間断食を一週間ほどすると、明らかに思考回路が変わりはじめます。どう変わるかというと…体は明らかに軽くなります。
さらにマインドが柔軟になるというか、これまでなら思いつかなかったアイディアなどがふと、ポン!と思い浮かびやすくなったり、どん詰まっていたことの解決策が何気に思いついたり、いままでどうして気づかなかったんだろう?と思うようなことにふと気づいたり。といったことが増えました。
なんというか、思考回路に余計な妨害が入らなくなる感じ?
また、これまでなら興味がわかなくてスルーしてたことが視野にすんなり入ってきたり、興味がわいたり、これまでとは違った食べ物が妙に食べてみたくなったりなど。脳の別の回路が開くような感じもありました。それと、クリエイティビティが高まります。
そんなこともあって、なぜ食べ物にありとあらゆる毒がフツーに盛られるようになった理由が実感として腑に落ちました。
毒を盛られることで、脳は明らかに本来の機能を発揮できなくなるということです。で、脳が退化すれば、闇側さんたちは人間のコントロールがラクチンになるわけですね。
一番ドン引きしたのは、「集中力が高まる&脳にいいガム」という名目のガムの原料欄を見てみたら、脳がおバカになる人工甘味料ががっつり入ってたりすること。なので「脳がバカになるガム」表記が本当は正しいのですが、まるでさかさまな表示がフツーにされてたりします。
このプチ断食を習慣化することで、別人になることができます。ちなみにこのプチ断食で完全に別人に生まれ変わりたい場合(=体を作り変える)、一年は続ける必要があるそうですが、やってみる価値はありですね。
まあ、まずは一週間だけとりあえずやってみて様子を見てみるという軽めのスタートがおすすめです。定期的な断食はインスリン抵抗性をリセットすることもできるので、いいことずくし。
ところでこのお正月は、ふとしたことからすごく大きなカリンの実を2個手に入れたので、一個は入浴剤としてお風呂に、もうひとつはハチミツ漬を作ることにしたのですが…
お風呂で使った分には、フツーにいい感じだったのですが、生のカリンの香りがあまりにもいい匂いでおいしそうだったので、ハチミツ漬を作る際に薄切りにした生の果汁とハチミツが混ざったものをおいしくてついつい舐めてると、数分後になんか妙な動悸がしてきたので、「あ。これヤバいやつだ」(野生の勘)と気づき、すぐに吐き出しました。
知らなかったのですが、生のカリンて毒なんですね(気づくの遅すぎ)
ネットの情報をみると、「種を大量に食べなければ大丈夫」みたいなことが載ってたりしますが、カリンの果実の生汁も相当ヤバいです。(おそらく青梅の生食いと同じレベル?)
私の場合、少量でヤバさがわかったのですぐに吐き出して胃を塩水洗浄したのですぐに症状はおさまりましたが、いい匂いにつられてついつい口に入れないようにくれぐれも気をつけましょう。(教訓)
***
さて、今回は。
2026年以降、ますます崩壊するんじゃないかとささやかれている「マトリックス」からの脱出方法にまつわるお話です。
上記に書いた「頭がバカになるガム」がフツーに市場に出回るような世界で暮らす現代人が、闇側がこれまで長い間仕掛けてきたトリックに引っかからず、罠をスルーすることははたしてできるのか…?
その答えは、Yes。
では、その方法とは?
☟そのヒントは以下にあります。☟
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〜“思い出す”ことに失敗した人々は、その先どうなる?~
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実は多くの人が、声に出さずに疑問に思っているこの問いにきちんと答えたいと思います。その問いとは、「思い出すことに失敗した者たちはその後どうなるの?」です。
失敗した人たちは、このシミュレーション(闇側が作り出す幻想の世界=ありもしないことをあると思わせて、闇側にとって都合のようにあなたに信じ込ませ、動かすこと=マトリックス)の中に永遠に閉じ込められてしまうのでしょうか。
――結論から言えば、答えは「ノー」です。
永遠に閉じ込められるわけではありませんが、ループの中に囚われたままにとどまります。それは、炎に包まれた地下牢でもなければ、熊手を持った悪魔が登場する、漫画のような地獄でもありません。
同じ脚本が、何度も繰り返されるだけです。同じ教室、ただし衣装だけが違います。
新しい名前を与えられ、新しい両親のもとに生まれ、新しい身体を持ち、新しい文化の中で生きます。 ですが――癒されていないパターンは同じままです。終わっていない学びも、変わりません。そして、記憶喪失もまた、繰り返されます。
それこそが「罠」です。
一度きりの罰としての人生ではありません。幾度もの人生にわたる、「忘却」の連鎖なのです。
私がここで言う「思い出す」という意味は、陰謀動画を暗記したり、スピリチュアルな肩書きを集めることではありません。
「思い出す」とは、内側のどこかで、こう感じる瞬間のことです。――「待てよ。ここは、どう考えても“私の帰る場所”じゃない」と。
その瞬間、用意された脚本が透けて見え始め、選択肢が偽物だと気づき、焼き直され続ける戦争に気づき、互いに争っているようで、実は同じ支配者に仕えている宗教の構図が見えてきます。
また「思い出す」とは、こう悟ることでもあります。
私は、この身体だけの存在ではない。この役割だけが、私のすべてではない。私はこの場所より前から存在し、そして、この場所の後にも存在し続ける。と。
いまあるこのグリッドの役目は、そういった“気づきの瞬間”を阻止することにあります。
人を忙しくさせ、刺激し、トラウマを与え、楽しませ、麻痺させる。――あなたを目覚めさせないためなら、手段は選びません。
では、眠ったまま――自分を完全に「役柄」だと思い込んだまま死を迎えた人間は、どうなるのでしょうか。
その人間たちは、踏み固められた同じアストラルの道をたどります。恐怖に引き寄せられ、罪悪感に縛られ、未完の執着に捕まり、偽りの光に惑わされ、聞き慣れた声に導かれます。そして――リセットがかかります。新しいレベルになりますが、同じゲームのままです。
そしてここからが、この問いの本当に恐ろしい部分です。
もし、誰かが一度も目覚めなかったとしたら? その人は、永遠にここに囚われ続けるのでしょうか。
このシステムにおいて、「永遠」というものは私たちが思う意味では機能しません。ストップウォッチを持った老人が現れて、「チャンスは終わりだ。さあ、苦しめ」などと言うわけではありません。もっと機械的です。むしろ、閉じた回路のようなものだと考えてみてください。
意識が同じ周波数――恐怖、システムへの崇拝、盲目的な服従、疑わないこと、思い出さないこと――で振動し続ける限り、それらに同調している限り、あなたはこのループと“互換性がある”ままです。だから、生涯、生涯、また生涯へと、何度でもロードされるのです。気をそらされ、傷つけられる人生を繰り返しながら。時には報われ、時には罰せられ、だが常に――再利用されます。ゲームの内側にいる限り、それは永遠のように感じられます。ですが、グリッドの“上の階層”から見れば、それはただ――まだ終了されていないプログラムにすぎません。
思い出せなかった者たちは、断罪されるわけでも、地獄に落とされるわけでもありませんが、ただ――再発行され続けます。そしてここからが、本当に聞いてほしい部分です。
「試験に落ちるのではないか」と恐れている人たちこそ、たいていは、すでに合格しつつある側なのです。もし、あなたがこれを見ているなら。もし、この場所にどこか「おかしさ」を感じているなら。もし、再びここへ戻ってくるという考えに、魂の奥が拒絶反応を示すなら。もし、神々を疑い、システムを疑い、与えられた脚本そのものを疑っているのなら――あなたは、完全に眠ったままの存在ではありません。
本当に眠りきっている存在は、問いなど立てません。ただ、従い、グリッドを信じ、誰かがその仕組みを見抜こうとした瞬間、反射的に仕組みの方を擁護します。
――そこに、最初の「ひび」が入るのです。気づきこそが、最初の鍵です。
そして二つ目の鍵は、宗教的であれ、政治的であれ、スピリチュアルであれ、テクノロジーであれ、あらゆる権威の仮面に、自分の魂を差し出すことを拒むことです。
三つ目は「愛」です。
都合のいい愛のことではありません。ニューエイジ・スピ系が好む言葉---耳障りのいい「愛と光 (Love&Light)」でもありません。ここでいう愛とは、厄介で、自己犠牲を伴う、本物の愛のことです。それこそが、出口へのルートを書き換える力を持っています。
はっきり言っておくと、死は、脱出ではありません。そして今、暗い場所にいるかもしれない誰かのために、この点だけは明確に伝えておきたいのです。
意図的に身体を離れること(=自殺)は、このループから抜け出す方法ではありません。それは、混乱したまま、傷ついたまま、まだプログラム可能な状態で、「役柄」から強制的に放り出されるだけなのです。自由になるどころか、むしろ――操られやすくなります。
これは、人生から逃げる話ではありません。人生の“内側で”目覚めることの話です。今ここで「取り組む」ことです。
パターンを断ち切り、安らぎよりも真実を選び、残酷さよりも思いやりを選び、代償が伴うとわかっていても、嘘を見抜こうとすることに。それこそが、この先に何が起こるかを変えていきます。
もし今、苦しみの中にいて、自分を傷つけてしまいそうだと感じているなら――どうか、現実世界の助けに手を伸ばしてください。信頼できる誰かに話してください。身近な支援につながってください。
あなたの人生は、間違いなどではありません。それは、盤上に置かれた決定的な一手なのですから。
では、魂がついに「思い出した」とき、何が起こるのでしょう?
死を迎えたとき、思い出した者たちは、再び教室へ引き戻そうとする声にしがみつきません。自分を縛ってきた、馴染みあるエネルギーを追いかけもしません。
アストラルの劇場、偽りの光、偽の門、使い回される案内役たち――それらを、はっきりと見抜きます。そこには、別の「引力」があります。
静かで、すでに知っていて、崇拝を求めず、取引もせず、脅しもしない存在。そうした魂は、引きずられません。自ら選びます。
ある者は、システムを完全に離れます。ある者は、ヘルパーとして、あるいはグリッドを歩く者として、あるいはパターンを壊す者として、意図的にここへ戻ってきます。そういった魂は、どの家族にも必ずいる、どこか馴染めない「変わり者」として存在します。ですがこれらの魂は、もはや囚人としてここにいるのではなく、鍵としてここにいます。
***
では、あらためて、はじめの問いにきちんと答えましょう。
いいえ――思い出すことに失敗した者たちは、このシミュレーションに永遠に閉じ込められるわけではありませんが、内側に「思い出す火花」が灯るまでは、ループし続けます。
そして、おそらく――あなたがこの問いを投げかけた理由も、そこにあります。
心の奥では、すでにその火花を自分の中に感じているものの、同時に、まだ思い出していない愛する人たちのことを案じているのでしょう。そして、まだ思い出していない人たちのためにできる最善のことは、無理に目覚めさせようとすることではありません。あなた自身が目覚めたままでいることです。
自分の周波数を保ち、導かれたときに真実を語り、幻想を助長することなく、愛し続ける。そして、自分の「出口への道」を、はっきりと歩くことです。
そうすれば、彼らがその時を迎えたとき、あなたの光は――彼らが見分けることのできる、ひとつの目印になります。
繰り返します。思い出さなかった魂が、永遠の罰に囚われることはありません。しかし、彼らが囚われているのは、それよりもずっと微妙で、ずっと危険なもの――ループ、偶然のように見え、単なる人生のように感じられるよう設計された、循環――です。ですが舞台裏では、同じ脚本が、何度も何度もロードされ続けます。魂が、ついにゲームの内側で目覚める、その瞬間まで。
これが、誰も声に出して語ろうとしなかった真実です。
本当の牢獄とは「忘却」のことです。――世界でもなく、身体でもなく、死ですらありません。自分が何者かを忘れた瞬間、人は、システムが与えるものに成り下がります。名前、職業、トラウマ、信念、自己増殖するループの中の、ひとつの番号に。
ですが、ほんの小さな火花でも、思い出し始めた瞬間――構造全体が反応します。扉がずれ、パターンが崩れ、ループに、ひびが入り始めます。そしてそこから先は、もう元には戻りません。
そして――ここからが、エピソード2の始まりです。エピソード1が描いたのは、「思い出さなかった魂に、何が起こるのか」です。
では、エピソード2で明かされるのは何でしょう?なぜ、彼らは思い出せないのか。誰が、その記憶を消しているのか。ヴェールは、どのように機能しているのか。
そして――何千年ものあいだ、人類を眠らせ続けてきたこの装置を、どうすれば壊せるのか。それが問いであり、エピソード2は、その答えです。
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